赤信号みんなで渡れば怖くない【常識という名の青信号】

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という言葉が昔、流行ったみたいです。

意味は「一人で悪いことをするよりも大勢で悪いことをした方が罪悪感が薄れる」というものだと思います。

私はこれからインスピレーションを受けて、「常識という名の青信号」という言葉を作ってみました。

どういう意味かというと、誰からも批難されない「常識という道を歩むこと」を、「青信号を渡ること」になぞらえたのです。

青信号を渡っていれば安心

青信号を渡っていれば誰からも批難されないですよね。

それと同じように、常識に従って生きていれば、批難されません。

だから人は安心・安全な道を歩むために、「常識という名の青信号」を渡ってしまいやすいのです。

なんのために青信号を渡るのか

ただこれは一歩間違うと、思考停止して青信号を渡り続ける、という状態になってしまうのです。

なんのために青信号を渡っているのかわからないまま、青信号を渡り続けてしまう。

自分はそんなバカなことはしないと思っている人もいるかもしれません。

でもはたして本当にそうでしょうか?

では「あなたはなんのために生きているのですか」という質問にはっきりと答えることができるでしょうか?

この質問に答えることができない、ということは思考停止して青信号を渡り続けている人生を歩んでいる可能性が高いのです。

青信号をみんな渡っているからという理由で、自分もとりあえず渡っている可能性が高いのです。

常識に従って生きていれば、間違ったことはしていないと、安心できます。

そして目的地も決めないで青信号を渡り続けたまま人生を終えてしまうのです。

青信号を渡る前に目的地を決める

私たちは、青信号を渡る(常識を守る)ために生きているわけではないのです。

もちろん、赤信号を渡る(常識を破る)ためでもありません。

まず、歩み始める前に、目的地を決めないといけないのです。

そのために必要になってくるのが「自分を知る」ということ。

自分を知らなければ、自分のことがわからなければ、とりあえず、周りに合わせるということをしてしまいます。

そして「常識という名の青信号」を渡り続けてしまうのです。

それが人生だ、と勘違いしてしまうのです。

目的地を決めるために自分を知る

自分を知らなければ目的地を決めることはできません。

目的地がわからなければ、とりあえず青信号を渡り始めてしまいます。

そしていつの間にか、青信号を渡ることが人生だ、という人生観になっていってしまうのです。

そして人生の終わりに
「自分の人生っていったいなんだったんだろう」「なんやこの人生・・・」となってしまう。

こうなる前に、青信号を渡る前に、目的地を自分で決めないといけないのです。

目的地を自分で決めなければ、「常識という名の青信号」を渡るだけの人生になってしまいます。

だからそうならないために「自分を知る」ということが非常に重要になってくるのです。

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