学校に行きたくないけど親が許してくれない

学校に行きたくないけど親が許してくれない

学校へ行きたくない。
でも親が許してくれない。
だから、しぶしぶ学校に行き続けてしまう。

そういう人は多いと思います。

私もそうでした。

学校に行きたいと思ったことがないけど、「学校に行かない」という選択を許してくれるような親ではなかったのです。

そして、小、中、高校とほぼ皆勤で学校に行き続けてしまいました。

その結果、人に会いたいという気持ちを無くしていったのです。

学校に行き続けて得たものは

私が学校に皆勤で行き続けて得たものは「自分には価値がない」という低い自己評価だけでした。

今振り返ってみてもほんと、時間の無駄だったと思います。

いや、時間の無駄くらいならまだいいのですが、10代という一番、多感な時期に、自己肯定感を下げる場所に自ら行き続ける行為は、自傷行為となんら変わらないのです。

それでも、なんとか学校に行き続け、ようやく卒業できる頃になると、人に会いたいという気持ちが、自分の中に一ミリも残らなくなってしまったのです。

母性がある母親だったなら学校に行かないことを選択できていた

もし母親が、「学校に行かなくてもいいよ〜」みたいな、ゆるい感じの親だったなら、私も学校に行かないことを選択できていたのだと思います。

でも私の親はそんなタイプの親ではありませんでした。

学校には死んでも行け、と思っているようなタイプの人でした。

平たく言うと、母性のカケラも持ち合わせていないような人だったのです。

もし、母性があるタイプの母親だったなら、私も学校に行かないことを選択できていたのだと思います。

母性のない母親は命令しかしてこない

私の母は子供(私)に「〜しなさい!」「〜してはいけません!」のような命令しかしてこないようなタイプの人でした。

それで子供が少しでも違う行動をとると鬼のような勢いで怒ってくるので子供の頃の私は恐怖から母の命令には絶対服従するしかなかったのです。

だからどれだけ学校に行きたくない、と思っていても、学校に行かない、という選択肢が自分の中に湧いてくることはありませんでした。

少し極端に聞こえるかもしれないですが、学校に行かなければ母親に殺される、と本気で感じていたのです。

だから生き残るために自分の心を殺して、学校に行き続けてしまったのです。

「〜しなければならない」で生きるのが当然になる

そんな感じでずっと生きていたので、自分が「〜したい」という欲求を持ってもいいということを知りませんでした。

「〜しなければならない」でずっと生きてきたので、当然、勉強も仕事も結婚も、この「〜しなければならない」でやるものだとずっと思っていたのです。

でも仕事を終えて、休日に本を読んだりして、いろんな人の考えを知っていくうちに、どうやら「〜したい」で生きてもいいらしい(笑)ということをようやく知っていきました。

本当なら、こうゆうのは順調に育っている人なら当たり前の話だと思うのですが、順調に育っていかなかった私のような人間は「〜しなければならない」で生きるのが当然だと考えるようになっていってしまうのです。

そのまま生きると確実に不幸になる

当たり前ですが、「〜しなければならない」で人生の大半を生きて幸福になれる人はいません。

「〜したい」という興味・関心が少しもない勉強や仕事をしても不幸にしかならないのです。

本当なら、子供のこの興味・関心を育てるのが学校の役割だと思うのですが、今の学校のあり方は逆に勉強を嫌いになるような教育をいまだにしているのでしょう。

これでは学校に真面目に行けば行くほど、会社に就職するしかないような人材になっていってしまいます。

昔だったならまだしも、終身雇用がほぼ崩壊している現代では、会社に就職するしかない、という生き方の方がリスクだと思います。

それよりも、自分の興味・関心を大切に育てていった人の方が、会社に縛られない人生を歩めるようになっていくと私は思うのです。

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