学校はサラリーマン製造工場
親の学校には行って当然という「言葉には出さない空気」を、子供は読んでしまいます。
そして子供は、行きたくないけど学校に行くのは当然だと思うようになってしまうのです。
この考え方の延長として、行きたくない会社に行くのは当然という発想になっていくのでしょう。
これが、学校がサラリーマン製造工場になってしまっている大元の原因だと思います。
いや、別にこれは決してサラリーマンの方をバカにしているわけではなくて、そういう生き方は辛い人生だという話です。
幸福そうなサラリーマンというのはあまりイメージが湧きません。
いたとしても数はグッと少ないと思います。
それでも、そうしたあまり幸福ではない、サラリーマン的な生き方をする人が多かったのは終身雇用という幻想があったからでしょう。
そうした安心、安定を得る代償に、あまり幸福ではない人生を歩んでいた人が多かったのだと思います。
今までは。
無目的に学校に行き続けることは危険
しかしこれからの時代、変化のスピードがますます加速し、どんな会社でもいつリストラされるかもわからないような状況になってきたときに、すでに過ぎ去った安心、安定を求めるサラリーマン的な生き方をしてしまうのは危険だと思います。
今まではそうした生き方が安定していて安全に見えたとしても、これからはそうした生き方が逆に危険になってしまうのでしょう。
だからこそ、学校に無目的に行き続けることは危険なのです。
無目的に学校に行き続けることによって、サラリーマン的な精神を身につけてしまうと、会社に依存しないと生きていけない状態になりやすい。
これからの時代と合わないのです。
おそらく、何が何でも子供を学校に行かせたがる親は、そこらへんが見えていないのでしょう。
あるいはもっと単純に、周りから「不登校の子を持つ親」という風に見られたくないだけなのかもしれません。
そういった理由で子供を学校に行かせ続け、会社に就職するしかないような人間にさせてしまうよりも、自分のやりたいことを追求させて、会社に就職する以外の選択肢を増やしてあげることが、これからの親の在り方だと思うのです。
今までは学校に行かせてあげた方が安心、安定、安全な道であったとしても、これからの時代は、無目的に思考停止して学校に行かせ続けることは、子供の将来の幅を狭めることになるのだと私は思います。