無駄に学校に行き続けても誰も責任をとってはくれない

学校に行っても、行かなくても、最終的にその責任は自分が取らなくてはいけなくなります。

わけもわからず、親や周りが言うように、テストで良い点をとって、良い学校に行って、良い会社に就職すればいいんだ、などと盲目的に信じてその通りに生きたとしても、幸福になれるわけはないのです。

そういう生き方は今の時代に合わないのです。

今と昔は違う

昔(インターネットがなかった時代)は学校に行くこと以外に、勉強する手段が他にあまりなかったのです。

でも今は違います。

興味を持った対象を、自分で調べることができる環境(インターネット)が整っているのです。

行きたくもない学校に行って、サラリーマン教師の授業を真面目に受け続けるよりも、情熱ある教師の授業の動画を自宅で見る方が、よっぽど勉強になります。

無駄な勉強ばかり教えても責任をとらない学校

学校で興味のない、テストで良い点を取るためだけの授業を受けて、テストが終われば忘れていくような勉強をいくらしたところで意味はないのです。

もしかしたら、ちょびっと脳の容量が増えるかもしれませんが、「自分で考える力」はつきません。

自分で考える力というのは、自分の興味・関心を追求していくなかで生まれてくるものだからです。

ここを完全に無視している学校教育を真面目に受ければ受けるほど、子供は自分で物事を考えなくなっていくのでしょう。

そして子供がそうなってしまった責任を、学校側は全くとってはくれないのです。

学校はサラリーマン養成所

今の学校というのは、子供をサラリーマンにするための養成所のような場所になってしまっているのでしょう。

終身雇用という幻想が維持できていた時代ならそれでもよかったのかもしれませんが、これからは「自分で物事を考える力」を持つことは必須の時代になってくると思います。

つまり今までは、学校に行っていた人の方が安定した人生を送れていたのに、これからの時代は学校に真面目に行けば行くほど、不安定な人生(サラリーマン)を送ってしまいやすい時代になってきたのでしょう。

学校は責任をとらない

それでも学校に行き続けてしまう人が多いのは、結局のところ、人と違う行動を取ることを恐れているからなのでしょう。

普通は学校に行くのが当たり前。
他の人も学校に行っているから。

そうした理由から学校に行き続けてしまうのは、結局のところ、自分で判断できないから。自分の決断に自信が持てないから、責任を学校側に預けているのです。
思考停止して学校に行き続ければ、問題ないと勘違いしているのです。

でも学校側は責任をとってはくれません。

学校に行き続けて、創造性のない、会社に就職するしかないような人間になってしまったとしても、学校は責任をとってはくれないのです。

正解は誰にもわからないから自分で探すしかない

昔は正解だったもの(学校に行くこと)が、今も正解だとは限りません。

結局のところ、親も学校も正解がわからないのです。

さらに言えば、ミクロな視点で言うと、一人一人、正解が違います。
それでもマクロな視点での正解というのは存在するはずです。

学校側はそれを教えていけばいいのですが、今のところそれができてはいないのでしょう。

だからもう、そんな学校に行き続けるよりも、自分で正解を探しに行った方が早いと思います。

でもこれには勇気がいるのです。
多くの人はその勇気がないから、思考停止して学校に行き続けてしまうのでしょう。

それでも最終的には、学校に行っても、行かなくても、その責任は自分が負うことになるのです。

親も学校も誰も責任をとってはくれません。

自分の人生は100パーセント、自分の責任なのです。

子供の頃は少し違うかもしれませんが、大人になっていくにつれ、この言葉はいずれ真実になっていくのです。

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