誰かに評価される勉強ではなく、自分が評価する勉強をしていく

誰かに評価される勉強と自分が評価する勉強

勉強というのは本来であれば「やらなければならないもの」ではなく、「やりたいと思うもの」だと思います。

もちろん、「やりたいと思う勉強」を見つけるために、最初は「やらなければいけない勉強」をしていく必要はあります。

でも、いつまでも勉強というのは「やらなければならないもの」と思うのは違うのです。

この意識のまま学校を卒業してしまうと、勉強というのは「やらなければならないもの」「できればやりたくないもの」という認識のままで生きていくことになってしまいます。

こうなってしまうのは、「自分が評価する勉強」ではなく、「誰かに評価される勉強」ばかりしてきてしまったからなのです。

誰かに評価される勉強

誰かに評価される勉強とは、親とか社会、周りから評価される勉強のことです。

子供がテストで良い点を取って喜ばない親はいないですよね。

良い学校に行くのも、テストで良い点を取る必要があります。

こうした勉強に慣れていると、「誰かに評価される勉強」を「勉強すること」だと勘違いするようになってしまうのです。

自分が評価する勉強

一方で、「自分が評価する勉強」というのは、親とか、周りから全く評価されない、自分の興味・関心に従った勉強のことです。

この「自分が評価する勉強」というのを、いくらたくさんしたところで誰にも評価されません。

だから多くの人は「自分が評価する勉強」ではなく、「誰かに評価される勉強」をしていくようになるのです。

でも本当に大切なのはこの「自分が評価する勉強」の方なのです。

なぜ「自分が評価する勉強」が大切なのか

今までの時代は、良くも悪くも、会社に頼って生きていけた時代だったのです。

上(会社)からの命令を迅速に確実にこなすロボットのような人材が求められていた時代でした。

そのために、「誰かに評価される勉強」でいかに平均よりも良い点を叩き出したか、というような指標で人材を測っていたわけです。

しかし、技術の発達によってそうしたロボット人間の価値はこれからどんどん低くなってしまうでしょう。

だからこそ、「自分が評価する勉強」が必要になってくるのです。

逆に言えば、「自分が評価する勉強」をしていかなければ路頭に迷う状況になってきているのです。

親も学校も誰も責任を取ってはくれない

親とか社会から認められるために「誰かに評価される勉強」をいくらたくさんしたところで、その価値はどんどん下がっていってしまいます。

そうなっていった時に、親も学校も誰も責任を取ってはくれないでしょう。

子供をロボット人間にした責任は誰も取ってはくれません。

全ては「誰かに評価される勉強」を優先しすぎた自分の責任になってしまうのです。

誰かに評価される勉強ではなく、自分が評価する勉強をしていく

そうならないために、「誰かに評価される勉強」ではなく、「自分が評価する勉強」をしていく必要があるのです。

自分の興味・関心に従った勉強をしていく必要があるのです。

そうすれば、ロボット人間になって路頭に迷う状況にはならないと思います。

創造性のある人間になって、自他を助けることのできる自立した人間になれるはずです。

そういう人間になるためには、親や社会、周りから手っ取り早く評価される「誰かに評価される勉強」ではなく、自分の興味・関心に従った「自分が評価する勉強」を優先的にしていくことが大切になってくるのです。

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