好きなことをして生きるのは難しいのが普通

好きなことをして生きるのが難しい理由

好きなことをして生きる。

言葉だけを見ると、非常に楽で楽しそうな人生を想像してしまいます。

しかし、実際にはこの生き方は非常に難しいのです。

マンガを読むだけでは生きていけない

なぜ難しいのかというと、
たとえば、マンガを読むのが好きだったとしますよね。

ではマンガを読むだけで生きていけるでしょうか?

いけないですよね。

「マンガを読む」という「インプット」しかしていないのですから、それだけでは生きていけないのです。

好きなことをして生きるためにはインプットだけではダメなのです。

なので「好きなことをして生きる」をもっと正確に言い直すとするなら、

自分が好きなことを他者に提供して生きていくだと思います。

つまり必要になってくるのが「アウトプット」なのです。

「マンガを読む」のが好きなら「マンガを書く」というアウトプットをしていくか、あるいは、好きなマンガを他者にオススメしていくというアウトプットが必要になってくるのです。

言うまでもなく、これは難しいです。

マンガを書くのが難しいのは当然ですが、マンガを人に勧めるというのも難しい。

なぜなら、マンガをオススメしている人は他にたくさんいるからです。

マンガを人に勧めるのにも、他の人にはないそのマンガに対する愛や熱意がなければいけないのです。

そうでなければ、なんとなく勧めているものを買おうとする人はあまりいないと思います。

これはマンガだけではなく、他のあらゆることに対しても言えることだと思います。

好きなことをして生きていくためには「自分が好きなことを他者に提供していく」必要がある

好きなことをして生きていくためには「自分が好きなことをして生きる」のではなく、「自分が好きなことを他者に提供して生きていく」必要があるのです。

しかしこの生き方が難しいのは、昨日書いた記事にあるように「誰かに評価される勉強」ばかりして自分の好きなことが分からなくなってしまうからなのです。

好きなことが分からなければ、当然、好きなことで生きていくことはできません。

このブログで私が「学校に行かなければよかった」みたいなことを何度も書いているのは、学校に行き続けても「自分の好きなこと」というは全く見えてはこなかったからです。

まぁ私の場合、「学校に行かなければよかった」と思う理由は他にも大量にあるのですが、話が脱線するのでここでは触れません・・・

好きなことをして生きるのは難しいのが普通

言わば、私たちは学校に行き続けることによって「好きなことが分からない状態が普通」になってしまっているのです。

だからまずは「好きなことをして生きる」以前の話として、「好きなことを見つけていく」必要があります。

これが「誰かに評価される勉強」ではなく、「自分が評価する勉強」なのです。

よく考えてみたら当然なのですが、「誰かに評価される勉強」でそこまでの熱意を持てる人はいないと思います。

仮に持てたとしても、それは受験の時だけという一時的なものでしょう。

生涯、関心を持ち続けることができるのは「自分が評価する勉強」の方なのです。

そしてこの勉強を極めていけば、いつしか自然と「好きなことをして生きる」状態になっていけるのだと思います。

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