経済的自立と精神的自立は別【自立には2種類ある】

自立には2種類あると思います。

経済的自立精神的自立

経済的自立というのは、生活を親とか他人に頼らなくなれば達成できるものです。

だからある意味、非常にわかりやすく、簡単なものです。

しかし、精神的自立というのは難しい。

これは単に親元から離れて一人暮らしをすれば達成できるもの、とは言えないからです。

経済的自立と精神的自立は別

親元から離れて就職して会社に行くようになったとしても、その状態は経済的自立は果たせていても、精神的自立まで果たせているかどうかは分かりません。

子供というのは、親からの影響をかなり受けているので、なかなかそのことに気づいていなかったりするのです。

就職して親元から離れて生活していたとしても、根本の考え方の部分で、親から与えられたものから抜け出せていない場合が多いのではないでしょうか。

こういう場合は、経済的自立は果たせていても、精神的自立は果たせていないと言えるのではないでしょうか。

精神的自立とは

そもそも精神的自立とはなんなのかというと、それは「自分なりの考え方」「自分なりの価値観」をつくることです。

これは簡単なようで、意外につくるのが難しいものなのです。

これをつくれない人は、社会の「常識」というものにとらわれて生きてしまうようになります。

「普通」はこうだから、と周りの目を気にして、その「常識」から外れないように気を使って生きていくようになってしまう。

こうなってしまうのは、「自分なりの考え方、価値観」がつくれていないからなのです。

つまり、精神的自立ができていないのです。

精神的自立は目に見えないから分かりにくい

経済的自立は目に見えるから分かりやすい。

しかし、精神的自立は目に見えないので分かりにくいのです。

だから多くの人は、分かりやすい経済的自立の方を自立することだと勘違いしてしまいやすいのでしょう。

精神的自立は人間にしかできない

精神的自立は人間にしかできないものです。

動物の場合は親から離れて自分でエサをとるようになったとしても、それはやはり、経済的自立の方だと思います。

人間のように、独自の考え方ができる範囲はそれほど多くはないのです。

そういう意味では、動物はほとんど「本能に縛られて生きている」と言っても過言ではないと思います。

人間の場合はそうした動物に比べて、本能以外の領域が広いのです。

精神的自立とは自分の幸福に責任を持つこと

「常識」に従って生きて幸福になれる人はあまりいないと思います。

なぜなら、その「常識」は「自分の価値観」ではないから。

逆に言えば「自分の価値観」をしっかりと持つ、ということが精神的自立につながっていくことになるのです。

これは言葉を変えて言えば、「自分の幸福に責任を持つ」ということだと思います。

自分の幸福は自分にしか分からないのです。

それをないがしろにしていたら、親や学校で教えられた「常識」を守るだけのあまり幸福ではない人生になってしまいます。

そんな人生を歩みたいと思う人はいないはずなのです。

本当はもっと自分の幸福を追求する生き方をしたいはず。

そういう生き方ができないのは精神的自立ができていないからなのです。

「自分の価値観」というのをつくれていないからなのです。

自分の価値観をつくるためには自分を知るしかない

「自分の価値観」というのは、学校の勉強ばかりしていても見つかるものではありません。

親の言うことをただ聞いているだけでも、つくれるようにはなりません。

もちろん、大人になって就職して会社に行き続けても、見つかるものではありません。

これは自分で見つけていくものなのです。

そのためには「自分を知る」ことが大切になってきます。

自分を知ることができない人は「常識」というものに縛られて生きていくようになるのです。

それはさながら、動物が「本能」に縛られて生きている状態に似ていますね。

私は、人間というのはこうした不自由な状態から自由を獲得するために存在している生き物なのだと思うのです。

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