学校に行きたくないのに、むりやり行き続けるとうつ病になる

学校に行きたくないのにむりやり行き続けるとうつ病になる

私は学生時代の頃、「学校に行きたい」と思ったことは一度もありませんでした。

当然ですね。

友達が一人もいないぼっちの環境(クラス)に進んで行きたいと思う人はいないでしょう(悲)

朝起きたときから憂鬱で、目が覚めたことを後悔しながら一日がスタートしていたことを今でも鮮明に覚えています。

それでも、その頃の私には「学校に行かない」という選択はとれませんでした。

当時は「学校に行かない」というレールから外れる行為が「死」を意味するくらいのことだと感じていたからです。

だから自分の「学校に行きたくない」という本心を無視して、むりやり学校に行き続けてしまいました。皆勤で。

その結果、自分の心を無視する状態が常態化してしまったのです。

今振り返ってみると、この「自分の本心、心を無視した行動をし続ける」ことがうつ病になる原因だったのだと思います。

自分の本心を無視した行動をし続けると自己肯定感が下がる

自分の気持ちを無視した行動を取り続けると、自己肯定感が下がるのです。

自分が思うこと、感じることには価値がないと思っていき、自分でも自分を雑に扱うようになってしまう。

その状態に慣れてしまうと、さらに自己肯定感は下がり続けてしまいます。

そして自分で自分の価値を見出すことができずに、惰性で生きていってしまうようになるのです(自殺しなければ)

うつ病になる原因は自己肯定感の低さ

人がうつ病になる原因は様々だと思いますが、私の場合を振り返ってみて確実に言えるのは「自分には価値が無い」と思っていたことです。

自分の存在する意味がわからない。

つまり自己肯定感の低い人間がうつ病になるのです。

逆に言えば、「自分には価値がある」と確信している自己肯定感Max人間は決してうつ病にはかからないでしょう。

こういう人は生涯、うつ病の苦しみを理解することなくポジティブに生きて、死んでいくのだと思います。

自己肯定感が低いと自分を責めて鬱になりやすくなる

ポジティブ人間は基本的には自分を責めません。

何か失敗をしたとしても、「次はこうしよう」みたいな感じで「反省」することができるからです。

ところがネガティブ人間というか、自己肯定感が低い人は失敗したら「だから自分はダメなんだ」という感じで「反省」ではなく、ただの「自己否定」になってしまうのです。

  • 失敗→反省→改善(自己肯定感が高い人)

ではなく

  • 失敗→自己否定→自分を責めて鬱になる(自己肯定感が低い人)

になってしまう。

学校に行っても鬱、学校に行かなくても鬱

そう考えると、学校に行きたくないのにむりやり行き続けてもうつ病になりやすくなるのですが、

学校に行かなかったとしても、学校に行かない自分を責めていたら、これはこれでまたうつ病になってしまいやすくなるということになります。

  • 学校に行っても地獄(鬱)
  • 学校に行かなくても地獄(鬱)

という笑えない状況になってしまうのです。

こうした地獄から脱するためにはやはり「どんな自分でも責めない」ということが大切なのだと思います。


極端な例になってしまいますが、「人を殺しても罪悪感が湧かない異常者」みたいな人が仮にいたとしたら、こういう人は決してうつ病にはかからないでしょう。

こういう人の場合は少しは自分を責めた方がいい(笑)のですが、こういう人間に限って自分を責めないので、法で裁くしかなくなってくるのです。

こういう人に比べたら、うつ病になる人というのは些細なことで自分を責めすぎるのだと思います。

  • 片方(悪人)は人を殺しても自分を責めないのです
  • もう片方(善人)はアリを踏み潰しただけで自分を責めてしまうのです

少々極端に説明してしまいましたが、要はこういうことですね。

自分を責めてしまう善人ほどうつ病になりやすいのです。

学校に行かないことはそこまで悪いことではない

学校に行き続けて、自己肯定感を下げ続けても、うつ病になってしまう。

一方で、学校に行かなくてもそんな自分を自己否定していたらうつ病になってしまう。

学校に行っても地獄、行かなくても地獄みたいな状況から脱するためには何度も言っているように「自分責めない」ことが大切なのです。

第一、学校に行かないことはそこまで悪いことではないのです。

むしろ学校側のほうが子供を殺しておいて罪悪感を持たないという犯罪者に近い思考をしている存在なのだと私は思います。

そんな場所に行かなくても罪悪感を持つ必要なんてないのです。

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