誰からも嫌われたくないのは「自分の考え」を持っていないから

あなたには「自分はこうしたい」というような強い思いが何かあるでしょうか?

私にはありませんでした。

だから周りに合わせようとして「誰からも嫌われたくない」状態になっていたのです。

誰からも嫌われたくないのは「自分の考え」を持っていないから

よく考えてみたら当たり前なのですが、「誰からも嫌われたくない」状態をやめたいのなら、その「嫌われたくない」という思いよりも「自分はこうしたい」という思いが強くなくてはならないのです。

「自分はこうしたい」という思いとは要は「自分の考え」ですね。

おそらく日本人はこの「自分の考え」を持つことが苦手になりやすいのだと思います。

それは日本人が「自分の考え」を持つことはワガママだと勘違いしているからなのでしょう。

自分の考えを持つことはワガママではない

「自分の考え」を持つことはワガママではありません。

逆に言えば、自分の考えを持てなければいつまでも「人に嫌われたくない」状態からは抜け出せないと思います。

そして「常識」に自分を合わせていくようになってしまうのです。

そうすれば「自分の考え」を持たなくても生きていけますからね。

だからここで選択が働いてくるのです。

「常識」をとるのか、それとも「自分の考え」をとるのか。

そして「自分の考え」を持つことはワガママだと思っている多くの日本人は「常識」をとってしまうようになるのでしょう。


30年前だったなら確かにそれでもよかったのかもしれません。

しかし現代においては「常識」を選択することが逆に危険な状況になっていきているのだと思います。

だから「自分の考え」を持つ必要があるのです。

自分の考えを持てないから人の目が気になる

「自分の考え」を持てないと「他の人はどうしているのだろうか」と他人や常識というものを気にしてしまいます。

そしてそこから外れないような選択をしてしまうのです。

こういう生き方をしている限り、「他人の目」というのが気になり続ける人生を歩んでいってしまうでしょう。

村八分に合わないだけのための人生になってしまいます。

こういう生き方は緩やかな不幸な人生だと思います。

「自分の考え」を持てない生き方は、生きる目的が「他人に嫌われないための人生」になってしまうのですから。

自分の考えを持てれば「嫌われる勇気」が持てる

こういう生き方を変えたいと思っている人が多いからこそ「嫌われる勇気」という本が流行ったのだと思います。

「他人に合わせるよりも自分の考えを持ちたい」と多くの日本人が潜在的に思っていたからこそ、こういったタイトルの本が流行ったのでしょう。

おそらくアメリカとかではこういったタイトルの本は流行らないと思います。

なぜなら、彼らはそこまで人に嫌われたくないとは思っていないから。

「自分はこうしたい」としか思っていない人が多いから(笑)

「自分はこうしたい」と強く自然に思える人は嫌われることがそこまで気にならないのです。

逆に争いは増えますがw

そう考えると日本の治安がいいのはこの「自分はこうしたい」よりも「周りの目を気にする」性質にあるのかもしれませんね。

日本もアメリカもどちらも極端に考え方が片方に偏っているのだと思います。

だから目指すべきはこの「真ん中」です。

アメリカ人のように自我が強い人の場合は「周りに合わせる」ことを学んだ方がいいと思います。

逆に日本人が目指すべきなのは「周りに合わせる」方向ではなく、「自分の考え」を持つことなのです。

「自分の考え」を持てるようになれば、「誰からも嫌われたくない状態」からは抜け出せるようになるでしょう。

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