自己肯定と自己受容は違うらしい

「嫌われる勇気」によると自己肯定と自己受容は違うみたいです。

自己肯定とは、できもしないのに「わたしはできる」「わたしは強い」と、自らに暗示をかけることです。

これは優越コンプレックス にも結びつく発想であり、自らに嘘をつく生き方であるともいえます。

一方の自己受容とは、仮にできないのだとしたら、その「できない自分」をありのままに受け入れ、できるようになるべく、前に進んでいくことです。自らに嘘をつくものではありません。

もっとわかりやすくいえば、60点の自分に「今回はたまたま運が悪かっただけで、ほんとうの自分は100点なんだ」と言い聞かせるのが自己肯定です。

それに対し、60点の自分をそのまま60点として受け入れた上で「100点に近づくにはどうしたらいいか」を考えるのが自己受容になります。

嫌われる勇気

世間ではよく「自己肯定感の不足」の方に焦点が当たりがちですが、「自己肯定」よりも「自己受容」ができていない人の方が多いのだと思います。

自己肯定よりも自己受容する

過去の私は「自己肯定」というよりは「自己否定」ばかりしていたので「自己受容」というのはまったくできていなかったです。

逆に「自己肯定」ができている人でも、今の自分を否定したり、他人を否定したりして、実際よりも自分を高く見てしまう人も「自己受容」ができていないということなのでしょう。

「自己否定」ばかりしている人というのは60点でも、いや、本当の自分は60点などではなく30点だ、20点だ、というような感じで実際よりも自分を低く見ていってしまうのです。

逆に「自己肯定」ばかりしている人というのは60点でも、いや、本当の自分は90点だ、100点だ、あいつに比べたら自分はなんて価値が高いんだw

などと他人を低くしたりして自分の価値を高めようとしたりするのでしょう。

この両者どちらも「自己受容」ができていないわけです。

自己受容とは今の自分を否定しないこと

自己受容とは今の自分を否定しないことです。

60点の自分を「60点の自分のまま」受け入れることです。

しかしこれが難しい。

私もこれができるようになったのは、つい最近だったりします。

特に親に肯定されなかった人がこれをできるようになるのはかなり難しい話になってくると思います。

そうです。

この「今の自分を否定しないこと」が難しいのは、親がしてくれなかったことを自分でしなくてはいけないからなのです。

つまりこの難しさというのは人によって違うのです。誰もが平等に難しいわけじゃない。
難易度は人によって違うのです。

それでもやらなければいけません。

これができなければ前に進めないのですから。

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