毒親は子供の幸福を望んでいない

子供の頃の私は「親は子供を愛してくれている」と思っていました。

だから理不尽に怒られても、「何か自分が悪いことをしたんだ」「親は自分のために怒ってくれているんだ」と勘違いしていたのです。

まさかそれが親の機嫌が悪いから、ただ「やつ当たり」されているだけだと気づいたのはだいぶ後になってからでしたが・・・

その頃には私はすでに「できれば一生、人に会いたくなくない」と思ってしまうような真の社会不適合者になってしまっていたので手遅れだったのですが、

これを読んでいる人には私のようになる前に、こういう人間の傾向を知っておくことが何らかの役に立つと思います。

毒親は子供の幸福を望んでいない

毒親は子供の幸福を望んでいません。

もう少し正確に言うと「子供の幸福に嫉妬する」のです。

私の実体験を元に具体例をあげると

  • 子供が嬉しそうにしている→怒る
  • 子供がご飯をおいしそうに食べない→怒る
  • 子供が本を読んでいる→用事を言いつけて他のことをさせる
  • 子供がよその家はみんなお小遣いをもらっているから私も欲しいと親に言う→「よそはよそ、うちはうち」と言ってくれない
  • 親戚からお年玉をもらう→「貯金しときなさい」と言ってくる
  • 大人になる→「親にはお金を入れなさい」と言ってくる

毒親は子供が嬉しそう、楽しそうにしていたら怒ってきます。
理由は毒親自身が楽しくない人生を送っているから。だから子供の幸福が許せないのです。

また、子供が本を読んで自分よりも賢くなることも望んでいません。
賢くなったら親の言うことを聞かなくなると思っているわけです。

そして子供がお金を持つことも望んでいない。
子供がお金を使って自由に好きなことをするのが許せないと感じてしまうのです。毒親は。


私の実体験を元に、毒親の特徴を上げていきましたが、要は毒親というのは子供が自分よりも幸福になることを望んでいない生き物なのです。

子供の幸福に嫉妬してくるのです。

そしてやつ当たりをしてくる。

まともな親の場合、仮に、子供にやつ当たりしてしまったとしても、そのことを後で「まずいことをしてしまった」と認識することができると思うのですが、毒親の場合、それがないのです。

子供にやつ当たりすることを「教育している」と正当化できる生き物なのです。

「悪いことをしている」「まずいことをしている」と全く思わない。

とんでもないですね。

子供をストレス解消の道具として使っておきながら、それを「教育している」と合理化できる生き物。

それが毒親なのです。

利用されないために勉強する

私が「できれば一生、人に会いたくない」と思うような社会不適合者になってしまったのは、こうした親に「好かれたい」と思ってしまった影響が大きいと思います。

本当なら子供の幸福を望んでいない親に「好かれたい」と思ってはいけなかったのです。

でも子供の頃の私にはそれができなかった。

親に愛して欲しかった。

親が自分を愛してくれていないという現実は見たくなかった。

「愛されていない」という現実を見ずに、「愛されている」という幻想ばかり見てしまっていた。

よく考えてみたらこれは男女関係にもありそうな関係性ですね。

本当は愛されていないで「利用されている」だけなのに、「愛されている」という幻想しか見ようとしない。

こういう状況から脱するためにはやはり、勉強して現実を見ていくしかないと思います。

勉強しなければ、悪い方向に頭がいい人間に利用されてしまうだけ。

勉強をしなければ、ただ利用されているだけなのに、その現実になかなか気づけなかったりするのです。

毒親や他人から利用されないために、また、自分が幸福になるためには、いろんな勉強を自分からしていかなければいけないのです。

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