誰にも愛されなくても、自分で自分を愛する

子供はまだ「自分で自分を愛する」ことができません。

周囲から愛されることを必要とします。

そしてその役割を担っているのが母親ですね。

母親の役割は子供を愛することなのです。

ところが中には子供を愛するどころか、子供をストレス解消の道具にしてしまうような母親もいたりします。

そういう母親に育てられた子供は大変です。

愛されないで育ったのに、ある一定の年齢がくれば、愛されて育った人たちと同じように行動することを求められてしまうからです。

つまり恩返しですね。

今まで与えられてきたものを社会に還元することを求められるのです。

愛されて育った人にはそれができるようになると思いますし、自然な流れだと思います。

ところが愛されないで育った人の場合、恩返しはできないわけです。

「恩返し」というよりは「仕返し」になってしまう。

それが自然な流れです。

愛されて育った子供は、親や社会に恩返しできるのが普通ですが、愛されないで育った子供は恩返しはできないのが普通なのです。

親の影響力は凄まじい

子供の頃、「どういう親に育てられるか」というのは、その子供の人生の一生を左右するくらい大きな影響力を持っています。

それなのに社会は「愛されなかった子供」にも「愛された子供」と同じ水準のものを要求してくるのです。

愛されて育った子供は社会が求めてくる「普通」という水準を難なくこなしていくのに対して、愛されないで育った子供はその「普通」という水準を満たすことすら難しいのです。

そして愛されないで育った子供は、その水準に達しない自分には価値がないと感じていってしまう・・・

悪循環に陥ってしまいやすいのです。

誰にも愛されなくても、自分で自分を愛する

親に愛されて育った子供は「自分で自分を愛する」のはそこまで難しくはないのです。

でも親に愛されなかった子供は「自分で自分を愛する」ことは非常に難しくなってきます。

それでも自分を愛さなければいけません。

それがこの厳しい世界で生き残る唯一の道だから。

誰にも愛されなくても、自分で自分を愛する。

この厳しさは親に愛されなかった人にしかわからない厳しさです。

この厳しさがわからない他人は「甘えている、怠けている、努力が足りない」などとテキトーなことを言ってくるのですが、

こういう人たちが言っているのは「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」と言っているのと同じなので耳をかさなくてもいいです。

最初から精神的に恵まれた土台に立っている人は、それを当然だと思っているので、他の人もそうした土台に立っていると勘違いしているのです。


自分の苦しみは自分にしかわからないのです。

その自分が自分の苦しみに気づいてあげれないのなら、誰も自分を救うことはできないのです。

自分を救えるのは自分しかいません。

誰にも愛されなくても、自分で自分を愛する。

非常に難しいことですが、これをやっていくしかないのです。

周囲の人々があなたを愛し
敬ってくれるときには、
自分が心地よくなったり、
自分を愛することは
とても簡単です。

子供でもできます。

ですから、ある意味で
困難なことかもしれませんが、
他者があなたを
愛と尊厳をもって
接してくれないときでも、

それでも自分だけは
自分を受け入れて敬うことが
大切です。

Mana
タイトルとURLをコピーしました