【愛着障害】自分が自分の親になる

「発達障害」という言葉をよく聞くようになりました。

ただそれに比べて「愛着障害」という言葉はそこまで広まっていないような気がします。

そこで愛着障害だった私の場合を振り返りながら、その特徴をあげていこうと思います。

愛着障害【私の場合】

  • 親に恐怖を感じていたように、他人に対しても恐怖を感じやすくなる
  • 人に嫌われることが極端に怖くなる
  • 人目が気になり、緊張して非常に疲れやすい
  • 親しくなればなるほど嫌われたくない思いが強くなるので、他人と距離をとる
  • 失敗を異常に恐れて、挑戦する機会を避ける
  • 自分の要求よりも他人の要求を優先してしまう
  • 不当な要求をされていても、そのことに気づけない
  • 子供の頃から親の要求を満たしてきたので、自分の要求がわかない、というよりは「自分が要求を持っていい」ということを知らない
  • 親の要求を満たさなければ生きられない環境で生きてきたから、同じように他人の要求を満たさなければ生きていけないように感じてしまう
  • 自分には価値がないことを誰よりも自分が知っていると思っている
  • 価値がない自分を演技でごましているから、その演技の自分を褒められても嬉しくない
  • 仮に本当の自分を褒められたとしても、その本当の自分には価値がないと思っているので、褒めてくる人は見る目がないと感じてしまう
  • 褒められても「この人は自分のことがわかっていない」と思ってしまい、否定されたら「その通りだ!」と思ってしまう
  • 自分が自分の最大の敵になっている

私の場合を例に簡単に愛着障害の特徴をあげていきましたが、他にも人によっていろんなパターンがあるのでしょう。

ただ愛着障害を持っている人に共通して言えることは「そのままの自分には価値が無い」と感じてしまうことだと思います。

よく考えてみたら、毒親に育てられた人の大半はこの「愛着障害」にかかっているのではないでしょうか。

親からすれば「愛着障害」よりも「発達障害」の方が都合がいい

当然ですが、親からすれば「愛着障害」という言葉は使いたくないわけです。

なぜなら、それは自分に責任が掛かってくる言葉だから。

その点「発達障害」という言葉の方がはるかに都合がいい。

「発達障害」という言葉であれば、親は自分は悪くないと思えるのです。

先天的な脳の欠陥だと思えば、自分の教育は悪くないと思えるのです。

毒親が考えそうなことですね。

あるいは毒親じゃなかったとしても、自分の子供と他人の子供の違いを比べて不安になってしまうような弱い親の場合も、子供を「発達障害」と見てしまいやすいのかもしれません。

いずれにしても子供に対する親のそうした目線が、子供にあまりいい影響を与えないということに親自身が気づいてほしいものです。

自分が自分の親になる

結局のところ、この問題を解決するためには「自分が自分の親になる」しかないのだと思います。

自分が自分の親になる、ということは今まで親や他人に求めていたものを「自分に求める」ようになることです。

親や他人に「どう思われるか」と気にするのではなく、「自分はどう思うか」を優先できるようになること。

本当は親に与えてほしかった「安心」や「人生の指針」を自分で自分に与えれるようになること。

これが愛着障害を克服するために必要なことなのだと思います。

親に期待するから裏切られてしまうのだ。

親に認められたいと思うから、親に否定されることをつらく感じてしまうのだ。

もうこれからは親に左右されるのはやめよう。

あの人たちを親と思うのはやめよう。

その代わりに、自分が自分の親になるのだ。

自分が親として自分にどうアドバイスするかを考え、「自分の中の親」と相談しながら生きていこう――。

愛着障害
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